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演奏を中断して、静かになるとまた曲を続けた。 同じ曲を何度も何度も繰り返し演奏した。
聞いている人はどうせ入れ替わるのだから。 疲れると、どちらかが休憩して、Sと私は、それぞれ自分が1人でできる得意な曲を演奏した。
私は、もっと真面目にBの協奏曲Aモールを練習しておけばよかったと、深く後悔した。 20分くらいして、初めて、小さな黒人の男の子が、5セント玉を入れてくれた。
私は楽器を弾きながらその様子を見ていたので、サンキュー、サンキューと何度も言って微笑んだ。 あの子はパフォーマーにお金をあげて、あんなに喜ばれたのは初めてに違いない。
それで元気を取り戻した私たちの前には、その後もときどき、近づき足を止めてくれる人がいた。 特にSの尺八を、珍しいのかじっと見つめる黒人の子どもが多かった。

前に立って聞き続け、結局30セントくらいくれた中国系らしき女性や、1人で2ドルもくれた男性もいた。 たまに1ドル札も入ったが、たいていは25セント硬貨が1つか2つであった。
それは、私がこれまで聴衆としてカンパしていた、ほどほどの演奏に対する評価と同じ程度の額であった。 途中、1人だけ日本人の友だちがちょうど地下鉄から降りてきて私たちを発見し、「本当にやっているの?」と驚いていた。
9時過ぎ、ホームの人通りも少なくなると、Sが「お金を数えてみよう」と言った。 見せガネを除いて、ちゃんと10ドル以上あった!14ドル20セントが、2時間あまりの収穫であった。
固く握手し、楽器をしまった。 「僕はこのお金、10ドルをホームレスに寄付しようと思う。残りを半分ずつしようよ」とSが言った。
私も賛成だった。 私たちは半年以上続いたランゲージ・エクスチェンジの最終回ということもあり、ちょっとデラックスな夕食を食べることにした。
ニューヨークに到着して最初にランチを食べたイタリアンレストランで、ワインで乾杯し、熱演でペコペコになったお腹を満たした。 伝票を見たら2人で40ドルも食べていたので、完全に赤字だね、と大笑いした。

私のニューヨークでやろうとしたすべての計画は、これで無事終了した。 1月の終わりに、Tに頼んで英語学校の同級生を中心に、送別会をやってもらった。
日本人と韓国人のグループで、みんな当時の夢をかなえてニューョークの大学で勉強を続けていた。

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